20日から始まるW杯カタール大会についても、トルシエはその洞察力を持って観察する。大会開始前から決勝まで、トルシエは日本代表と世界のサッカーにどんな思いを寄せ、サッカーからどんな可能性をくみ取ろうとしているのか。トルシエの視点を通して見る世界は、日本から外部としての世界を眺めるのとは当然ながら異なる。その意味からも、彼の言葉に耳を傾けるのは決して無駄ではない。
シリーズの第1回は、W杯直前に唯一組まれた親善試合、日本対カナダ戦のトルシエの分析である。森保監督が試合前日会見で具体的な選手起用を明かし、いわゆるサブ組と怪我や体調不良からの復帰組が先発出場を果たしたカナダ戦(11月17日、ドバイ。1対2で日本の敗北)を、トルシエはどう見たのか。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6a6a62b803786fb0cbb2ad657b8c1e304118460f
試合から見えたドイツ戦のスタメン
トルシエ あの得点は私も見た。
―1対2の敗北となりましたが、森保監督は負傷明けや調子を落としている選手に出場の機会を与えました。もちろん戦術の面でも自分たちのプレーの構築を試みましたが、あなたはどんな印象を受けましたか?
トルシエ ドイツ戦に向けての準備の試合というのが私の印象だ。ネガティブな結果には常にうんざりだが、私が見る限りこれは準備のための試合に過ぎなかった。森保は多くの選手を温存した。ドイツ戦ではスタメンに名を連ねるであろう選手たちだ。それが私の最初の印象であり、試合を通してドイツ戦に誰がスタメンとして出場するのかがわかった。
森保は、カナダ戦を利用してすべての選手たちにプレーの時間を与えた。その結果、久保(建英)と堂安(律)ではどちらを選ぶのか、具体的な答えを得ただろうし、南野(拓実)にもプレーの時間を与えたが、彼の出来は決して良くはなく、調子が戻っていないことが明らかになった。
つまりこの試合は、ドイツ戦に向けての準備という意味でのみ価値のある試合だった。チームは成熟を欠き、技術的なミスも連発した。規律は保っていたとはいえ、ボールをうまくコントロールできないうえにオートマティズムも欠いた。日本が勝てなかったのは当然の結果で、この試合に関しては、カナダの方が日本よりも成熟しており強かった。
この試合には他に何の価値もない。日本は真のチームを隠し、スタメン以外の選手たちにプレーの時間を与えた。様々な分析はできるがそこに意味はなく、森保は仕事を遂行し続けて選手にプレーの機会を与えた。彼が久保を起用したのは、彼が浅野(拓磨)とともに試合を始める選手(スタメンとして起用できるの意)であるからだ。
―しかし久保は、力をまったく発揮できませんでした。
トルシエ だが久保が興味深い選手であることに変わりはない。彼はスペインの経験を経て成熟した。テクニックに秀で個の力で違いを作り出せる。
―ただ今日は少し孤立していませんでしたか?
トルシエ この試合を綿密に分析しても意味はない。突き詰める必要のない試合だ。選手にプレーの時間を与えたという以外は。それだけだ。
他には……山根(視来)が最後に大きなミスを犯した。あんなプレーをするとは信じられないが、それはそれで良かった。なぜあのミスを犯したかを、これから分析すればいいのだから。大会の前にこうしたミスが明らかになるのは悪いことではない。
それからカナダはセットプレーで危険だった。十分に注意を払わねばならないことがわかった。だが私は試合を詳しく分析する気はない。その必要のない試合であるからだ。
今日の日本はベストチームではない。森保が留意したのは、多くの選手にプレーの時間を与えることだった。そのうえでそれぞれのパフォーマンスに注目した。南野もそのひとりだが、出来は悪かった。決して調子は上がっていない。
―柴崎(岳)の出来も良くなかったのでは?
トルシエ 理解できないのは、吉田(麻也)を最後の5分に投入したことだ。
―同点のまま試合を終えたいと思ったのでしょうが……。
トルシエ しかし危険だ。誰かが怪我をする危険性を考慮しないのか。
―森保監督は3・4・3システムを、試合を終えるためのものと考えています。それで吉田を入れましたが、今日はうまくいきませんでした。
トルシエ 森保が勝ちたくなかったわけではないだろう。負けたくなかったのも間違いないが、ただ勝ちにいったわけでも何かを変えたかったのでもないだろう。吉田が加わることで生じる変化を、彼は見たかったのだろう。
私が思うに久保は、試合を始められる選手だ。とても興味深いし、同時に彼は試合を終えることもできる(交代出場で試合の結果を維持する。あるいは逆転して勝利をおさめる)。今は日本に負傷者が多く、それがひとつの理由となってカナダに敗れたのは残念だった。敗北は精神衛生上いいとはいえない。これが大会前の最後の試合か?
―そうです。1週間後がドイツ戦です。
トルシエ この試合のことは即座に忘れるべきだ。
―しかしトラウマの残る試合という印象もありません。あなたが言うように、準備段階でのいち試合に過ぎなかったという感じですから。結果は重要ではないし、試合内容に満足できなくとも、あなたが語ったように森保監督はサブの選手たちにプレーの時間を与えたのだから。そしてその選手たちの間にも明らかな違いがありました。そうしたことが分かったのではないですか?
トルシエ それは明らかだ。これまでも述べているように、実質的な日本代表は14~15人だ。それが最大限で、続く選手たちは若く経験不足でいまだ成熟していない。DFラインも中盤もごく平均的だ。今日のチームでドイツに勝つことは絶対に不可能だ。
繰り返すが分析が難しい試合であり、分析が意味をなさない試合でもある。戦術的に何が良くて何が悪かったか、試合のシナリオや戦略の評価、チームとしてどこが弱点でどこが長所だったかなどを分析することに意味がない。それがカナダ戦の私の印象だ。
この試合のことは即座に忘れるべきだ。戦術面での意味は何もなく、代表でプレーする機会が存分になかった選手たちにプレーの時間を与えた。その点だけが評価できる。だからこそこの試合のことは忘れて、来るべきドイツ戦にすべてを集中するべきだ。
―ドイツ戦へのアプローチは、今日の試合とはまったく異なるわけですね。
トルシエ その通りで、ドイツ戦までは1週間ある。今日は町野(修斗)と合流が遅れた選手を除き、代表のすべての選手がプレーした。誰もがドイツ戦に向けて準備を始めたが、それはこれまでとは別の結びつき方でまとまっているグループの話だ。モチベーションも高い。
再び繰り返すが、この試合を分析しても意味はない。この試合から言えることは何もない。プレー時間以外は。
―わかりました。メルシー、フィリップ。