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本田“語録”を生んだ相方・寺川アナが振り返るカタールW杯
9月中旬、寺川アナはカタールW杯日本代表戦の実況担当が決まった。だが、地上波での放送ではなく、「ABEMA」のネット放送。新たなチャレンジとなるなかで、最初は「落ち込み」からのスタートだったという。
「僕自身、この仕事を選んだのは地上波でW杯の日本代表の試合を実況したいと思っていたからだったんです。日本代表に関わる仕事がしたかった。そのために入社して、12年半ずっとやってきました。『絶対このカタール大会でしゃべりたい』と決めていた。だけど、自分が目指していた『初志』みたいなことを考えるとできなくなった。その瞬間はすごく落ち込みました」
しかし、その後「ABEMA」での実況担当に決定する。そして、のちにタッグを組むこととなった解説するのは本田だと聞かされた。
「夏休みを長めにいただいて、その時にスポーツ観戦の形がどんどん変わっているなかで、新しいテレビの時代を作るという意味でも光栄なことだと考えるようになりました。(のちに本田がコンビだと聞かされ)本当に嬉しかった。解説をやらない方だと思っていたので。年齢も1つ違いで、どうなるんだろうという怖さもあったけれど、新しさに胸が躍りました」
10月末、告知用のインタビュー撮影時に初対面。その時から、本田の魅力に引き込まれた。
「こう言ったら変ですが、めちゃくちゃ丁寧な方だな、と。もっと鎧を身に纏っているタイプだと思っていたんですが、全然そんなことなくて、本田さんの経験を踏まえつつ日本代表を後押しするような放送にしたいと僕が思っていることを伝えたら、『ぜひ、それでお願いします』と言われたんです。『これでいいんだ』と安心しました。僕たちアナウンサーはより多くの人に共感と興奮と感動を覚えてもらえるような放送を目指さなきゃいけない。だからこそ、本田さんが熱くなっているところも放送で見たいと思ったんです。ただ冷静に戦術論を語るだけではなくて、熱くなってもらいたいなっていう思いがあった。本田さんもそのつもりだったみたいで、すごく助かるなと思ったし、実際にやった時の映像が浮かびました」
だが、実際はその想像を「超えていた」。反響だけでなく、掛け合いの中でも予想をはるかに超えていたという。
「僕自身、(本田から)あれだけ質問されると正直思っていなかったんです。突然『メッシの契約はいつまでですか?』と聞かれたり。調べていない……と、放送席がてんやわんやすることもありました。刺激的でしたね」
その“刺激さ”がテンポのいい掛け合いを引き出していった。日本のグループリーグ初戦のドイツ代表戦、本田との初めての放送で気付きがあり、2戦目のコスタリカ代表戦からは準備の仕方も変化した。
「初戦のドイツ戦は、いつもの代表戦と変わらない準備をしていた。でも、いざ始めてみたら、(本田が)放送の中で知りたくなるタイミングがある方なんだというのが分かってきました。例えば『この選手は普段どのポジションでプレーしているんだろう』とか。それで言うと初戦は大綱渡りでしたね(笑)。2戦目からは準備の仕方も変わりました」
準決勝のアルゼンチン代表対クロアチア代表。寺川アナにとってある「気付き」があった。本田が前半「メッシを応援するから、アルゼンチンを応援する」と話し出した。だが、後半には「日本に勝ったクロアチアが負けるの嫌だから、クロアチアを応援します」と180度意見を変える“本田節”に驚かされた。
「僕たち実況アナウンサーはニュートラルな試合を実況する時、どうしたってどちらかの国を主語にして、話さないといけないことが多い。『この時間帯のアルゼンチンがどうなのか、この時間帯のクロアチアがどうなのか』という。だから例えば、前半20分アルゼンチンの話をしたら、そのあとクロアチアの話を10分する。トータル、試合が終わった時に同じぐらいの話の量にしようという発想でやっているんです。でも、本田さんは前半をアルゼンチンとした。もう新しいんです。僕としては本田さんがそうやってくれたことで、過去にないぐらいニュートラルに話せました。こういうパターンもありなのか、という新しさがすごくありました。スポーツの見方は多種多様でいいんだろうな、と
寺川アナは本田のスタイルに触れていくうちに「事前エクスキューズの上手さ」に感嘆したという。話題となった選手への「さん付け」。実況中、長友佑都ら交流が深い選手は「ユウト」など呼び捨てで話す一方で、堂安律らあまり交流のない選手のことは「堂安さん」と「さん付け」で呼んでいた。この“裏話”を明かしてくれた。
「日本戦が始まる最初に解説してもらったドイツ戦の前、スタジオとのやり取りの中で『さん付け』することをちょっと僕に言わせてくれないか、というのが事前の打ち合わせの段階であったんです。それで折を見て僕から質問させていただくことになり、『選手の呼び方をどうしますか?』と聞きました。やっぱり事前にエクスキューズしておくことによって見ている人がそこに違和感を覚えずに、楽しんでみられるんですよね。アルゼンチンを応援すると話していたのも一緒。今のメッシは円熟味が増しているから応援したくなるという話をしたうえで、アルゼンチンを応援すると話す。凄いなと思いました」
数々の掛け合いで注目を浴びたなか、寺川アナが最も印象に残っているのは決勝トーナメント1回戦のクロアチア代表戦。前半終了間際に先制した日本だが、後半に追い付かれると延長戦の末に突入したPK戦で敗退となった。
日本史上初のベスト8入りを懸けたPK戦。その直前、延長後半の終了間際に本田が「PK見ます?」と言い出した。ここからの時間は寺川アナにとって忘れられないものとなった。
「『PK見ます?』というのは何を言いたいかはなんとなくすぐ分かったんですが、どう返したらいいのかと思って、恐らく5、6秒黙ったんです。それで、『どういうことですか?』と聞きました。PK戦は厳しいという話になり、その後本田さんが『楽しく見ません?』と言ったんです。僕も『楽しく見ますか』なんて言っちゃっていて、始まって何本か終わったあとに僕は『やっぱり楽しくなんか見られませんね』と言って、そのまま敗れて……。あの時の放送席のやり取りってすごく人間味があったなと思うんです。僕たちは実況、解説という仕事があって、戦っている選手たちはもちろん勝つためにやっていて、僕たちも勝つことを信じてやっているものの、やっぱりどういう感情で見ればいいのか、と思うところがあった。その感情を探すこと2人で言葉にした。状況がどんどんどんどん悪くなっていったことに対しても、それをどうにか言葉に変えながら、でもすごく丸裸で、逆に言うとすごく生々しい言葉の掛け合いになった。
終わったあと、とても悔しかったし悲しくてつらくて虚無感もあったけれど、同時にむき出しのやりとりがすごく印象に残ったんです。なんの嘘もない。見ている人たちと感情を共有しながら伝えるべき情報を伝えた。そういう放送になったんじゃないかな、とほんの少しだけ思いました。放送席を撮影した映像があるんですが、ディレクターによると本田さんの目が少し潤んでいたんです。本人に聞いたら違うと言うと思うんですが。でも、それだけ本音でやってくださっていたのかなと思います」