元日本代表キャプテン長谷部誠は所属クラブのフランクフルトで、39歳となった今も出場数を順調に増やし続けている。気が付くとブンデスリーガ通算出場試合数は374試合に伸ばしており、この数字は歴代出場試合数のランキングで99位にあたる。長いブンデスリーガの歴史で100人の中にランクインしているのだ。
今季はリーグ30試合終了時で16試合に出場し、14試合でスタメン。さらには世界最高峰の舞台であるチャンピオンズリーグでも4試合に出場し、そのうち3試合でスタートからピッチに立っている。フランクフルト在籍8年10カ月での公式戦出場数は286を数え、次のシーズンで300試合出場を達成し、クラブレジェントの一人として歴史に名を残すことになるのは間違いない。
こうした輝かしい事実に対して、おそらく多くの日本人ファン、ドイツ人ファンが「長谷部ならそれだけのことはできるはずだ。素晴らしい」と、素直に最大級の賛辞を送るのではないだろうか。普通ではないことをやっているはずなのに、あたかもそれが別段不思議なことではないとさえ思わせてしまうところに、長谷部のすごさを感じずにはいられない。
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彼の規律がゆるんだことなんて見たことがない
ティアム「マコトはとても勤勉で、目標にまっすぐで、非常に規律正しくて、いつでも礼儀正しい。マコトがヴォルフスブルクに移籍してきた当初の話をするよ。彼はドイツ語の本をいつも手にして、それを控室で読んでいたんだ。それだけではなくて、ドイツ語でうまく発音できない単語をみんなに聞いてまわったりしていたんだ。そんな彼を最初僕らは微笑ましく見ていたんだけど、数カ月もしたらドイツ語を話し始めたんだ。
これはすごいことなんだ。私は数多くの外国から来たチームメイトを知っている。彼らの多くは2年たっても全くドイツ語をしゃべれないなんてことは普通にあった。マコトは本当に素晴らしい性格で、本当に素晴らしい人間だよ」
いまだからこそ、「ドイツに長くいることになるからドイツ語はやっておいた方がいいよ」と言えるかもしれないが、渡独したばかりのころからそうした姿勢で取り組んでいたことは特筆に値する。海外への移籍を果たしても、その国にどれだけ長くいるかは誰にもわからない。ひょっとしたら1年で他国リーグへ移籍したり、それこそ日本へ戻ってくることだってあるかもしれない。せっかく語学を勉強しても、ひょっとしたらそれが無駄になるかもしれない。だから多くのチームで“共通言語”となっている英語を学んで、使おうとする選手が多いのはある意味当然のことではあるし、それが悪いというわけではない。
それでも最初からその国の言葉を一生懸命学び、その国の言葉で溶け込もうとする選手はやはり好意的に受け止められるし、ファンからの信頼も愛情も最大級のものとなる。フランクフルトではキャプテンを務めることも多く、試合後にはドイツ語でメディア対応することも少なくない。負け試合でも嫌な顔をみせずにミックスゾーンへ足を運び、適切な言葉を見つけ出し、冷静に自分達の状況を分析し、それを伝えるというのは、誰にでもできることではない。
ティアム「トレーニング中もそうだ。いつでも礼儀正しくて、フレンドリーで、どんな練習も率先して取り組む。彼の規律がゆるんだことなんて見たことがない。チームメイトとして夢のような存在だった。上手くいかないことがあっても引きずらない。すぐにポジティブに考えて取り組む。当時から彼はそういう人だったんだ」
チームメイトがその存在をありがたがるほどの人間性。いろんなサッカーチーム、プレーヤーを見てきた筆者からしても、そういった存在は非常に稀だ。しかも当時のブンデスリーガというのは、まだ日本人選手がそこまで高く評価されていた時代ではない。むしろいぶかしげにこの移籍を「本当にチームにとって補強になるの?」と見ていたファンや関係者だっていたことだろう。そうしたものを取っ払い、チーム内で確かな立ち位置を勝ち取り、翌08-09シーズンにはクラブ史上初となるリーグ優勝メンバーとして多大な貢献を果たした。
ドイツでも注目される「整え方」
とはいえ、だ。38~39歳でまだ現役選手としてプレーをし、CLにも出場するほどのレベルをキープしているというのは尋常ではない。ティアムに「当時、長谷部がここまで長く現役で、しかも1部リーグでプレーし続けられると思っていましたか?」と尋ねてみたら、素早く首を横に振って、「いや、それはなかった」と答え、こう続ける。
ティアム「当時私は現役最後のシーズンで34歳だった。自分もブンデスリーガで300試合以上出場した選手だ。自分だけではなく、自分がみてきた選手の晩年を考えると、僕らが辞めることになる年齢よりも、さらに5年以上もプレーし続けるだなんて考えもしなかったよ。でも、彼は当時から変わらない。いつでも一生懸命で、プロフェッショナルな振る舞いをする。本当に人間として素晴らしい」
そのプロフェッショナルさは向上心や負けん気の強さにも表れる。28節ボルシアMG戦(4月15日)のことだ。3バックのセンターでスタメン出場を果たした長谷部は、適切なポジショニングと鋭い読みでこの日も非常に安定感の高いプレーを見せていたし、フィジカル能力の高いフランス代表FWマルクス・テュラムと対峙する場面でも、ぶつかり合いで引けをとらずにクレバーな対応をしていた。タイミングよく体をぶつけて相手の自由を奪い、自分のコントロール下に収めてしまう。
ただ一度そのタイミングがずれたシーンがあった。中盤センターライン付近でテュラムにボールが入ったのだが、少しアプローチが遅れてしまった。テュラムはダイレクトでパスをすると、そのままスピードに乗ってスペースへ抜けだし、そこからボルシアMGのゴールが生まれてしまったのだ。試合後、長谷部がこのシーンを振り返り、自身への反省を口にしていたのがとても印象的だった。
「勝ててないときに、あのような簡単な失点の仕方をしてしまうと厳しい。あの場面に関してはやっぱり自分がくさびに入った選手についていかなきゃいけなかったと思う。分析でもやってたんで、厳しくいこうとは思ってたんですけど、後ろを警戒するあまり前についていけなかった。試合を通してああいう1回が勝負のわかれ目に繋がる。10番(テュラム)のクオリティは間違いなく高いけど、ああいうところを90分通してしっかりとやらないといけなかったなと個人的には思いますね」
《39歳》という年齢で守られることなんて望んでいない。ピッチに立つ以上、長谷部はいつでも戦士なのだ。どれだけいいプレーを多くみせても、決定的な場面で決定的なプレーができないことを受け入れるわけにはいかないのだ。そうした悔しさがあるから向上心をもって、100%の熱量でサッカーを続けていけるのだろう。セカンドキャリアどうこうの前に、長谷部はいまなお1人のプロサッカー選手なのだから。
プロ選手としての厳しさを知るティアムは、長谷部のこれまでを次のように話していた。
ティアム「いま彼があの年齢でまだプレーしているのは奇跡なんかじゃないよ。ただ、39歳でまだブンデスリーガで現役でプレーしているなんて普通じゃない。それは彼がしてきたようなサッカーへの取り組み方、向き合い方がなければ、なしえないことなんだよ。彼はそれだけのことをしてきたんだ。プロ選手の鑑だ。だから、彼のプレーを今も見ることができるのを心の底から喜ばしく思っている」
だれもが憧れるようなキャリアを歩む長谷部のことを話すティアムの目は、とても優しかった。